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幽談な御本についての一方的なひとりごと

『幽談』は京極夏彦さんの短編集。MF文庫から出ています。

京極夏彦さんのお話と言えばとにかく長い、自然薯よりふんどしより住宅ローンの返済よりさらに長い、という勝手なイメージが強かったのですが、こちらに収められているのは通常の短編サイズのお話ばかりでした。

(※以下、一部ネタばれがございますのでご注意くださいませ)

1.「手首を拾う」

妻と離婚した男性が、旅行先の宿屋の庭先で、文字通り手首を拾うお話。
徐々に妻との間がぎすぎすしはじめた頃、一度訪れたことのある鄙びた宿屋。
錆びた蒸気船で海を渡らないといけないという辺鄙な場所にある日本旅館は庭が自慢で、夜半、妻といさかいをした男性は、ひとりで月光降り注ぐ庭へ出て、ただ茫然と逍遥しているうちに、石の積まれた塚のようなものの下から、女の手首を掘り出してしまうのでした。

血が付着しているわけでもない。切断面に骨や血管がのぞいていたという記憶もない。
ただ美しい、なよやかな、生きている女の手なのでした。

手首を見てから、男性にわずかに残っていた妻への執着は消えてしまいます。その後数年を経て、男性は妻と離縁しました。

独り身なってから、再び錆びた蒸気船に乗って、男性は同じ宿の同じ部屋へ泊まりに来ました。
目当てはもちろん、あの手首です。
まだあるだろうか…探してみると、やはり、ありました。同じ手です。
手首をうっとり眺めながら、この船へ運んでくれる蒸気船が今年で廃止になることを、男性は少しだけ寂しく残念に思うのでした。


女性の手首は、男性の中にあった妻への情愛が、純化され、結晶化して目に見える形となり、外へ飛び出したものなのでしょう。体から抜け出た「手首」は美しく、飽かずに眺めてしまう魅力がありました。
しかし、手首が抜け出てしまったあとに残ったのは、抜け殻の肉体を持つ現実の女だけです。男性はそこにはもう何の魅力も見出せません。
妻と男性を結ぶ気持ちの糸は、手首を拾ったことで切れてしまいます。

錆びた船は、おそらく夫婦生活の象徴。
男性は、最初に乗ったときは「古い船だなぁ」と思うのですが、二回目に訪れたときは「そんなに古いとは思わない。むしろ自分に合ってる」と思います。
まだ妻への未練が残っているとき…まだ気持ちが若い、生臭い時に乗った船は、自分が若いから船の古さを際だって感じますが、二度めに乗ったときはもう妻への未練も消え果てて、自分も船と同じぐらい老いている。
それでも、夫婦という最後の蒸気船が廃止になることに、ごくかすかな郷愁を覚える、その小さな余韻がいいなぁと思うのでした。


2.「成人」

本当にあった怖い話、という最近よくあるジャンルを逆手にとって、小学生が書いた作文や、高校生が書いた文章、大学生の体験した実話、取材でききこんだ話など、一見ばらばらな過去の出来事をひとつずつつないでいき、そこから浮かび上がってくる妖しい、得体の知れぬ何かを描き出していく手法が見事なお話です。

男の子は一人っ子。
のはずなのに、なぜかお雛様を毎年飾る。二階の部屋には、男の子より大きな女の子用の無人の部屋が用意してあって、そこの机には缶がひとつだけ置いてある。
ある日遊びに来た友達が、缶の蓋をそっと開けてしまう。中には…へんな液体に沈んで、生まれる前の雛みたいなものが入っていた…

過疎の村、廃校、増えていく廃屋、黄ばんだ古い原稿…あやしい雰囲気の中でしだいに鮮明になっていくひとつの疑問は、「缶の中に入っていたものは何か?」
大学生になった男の子の友達が、一晩この家に泊まった来た時、二階の部屋から下りてきて、次いで布団の中にすべりこんできたすべすべした「なにか」と同衾することからも、女であることは確かなようです。

ついに缶の中身は正体不明のまま、そして真偽も定かではないままお話は終わります。
この怪談を調べていくうちに次第にとりつかれたようになってしまった編集者が最後に、
「こんど(あの廃屋の)二階に登ってみるんだ」
とはにかんだように話す異常さに、ぞくっとさせられます。


3.「知らないこと」

隣のおじさんは変てこだ。
庭に大便の山をこしらえる、塀の上に一日中立っている、夜中ににゃあにゃあ変な言葉で誰かと話している…すべて、きちんと背広を着て。
隣家の女子大生は、兄と一緒にこの「変なおじさん」を観察しては毎日「今日はこんなヤバことしてた」などと話をするのが日課です。

ところが、小説はある時点を境に、読者を巻き込んで混濁を始めます。
隣家とはいうけれど、観念的な「自分の家」と「他人の家」という線引きをとっぱらったら、物理的には塀がひとつに壁がひとつあるだけ、ものすごく近い位置で、他人と日々寝起きしていることになる。
同じように異常と正常の境目も、どこに軸を置くかで簡単に入れ替わってしまうのです。

女子大生を「正常」とするならば、おじさんは「異常」でしょう。
しかし女子大生は果たして「正常」なのでしょうか?何をもって正常とするのでしょうか。
記憶や自意識、主観は簡単に書きかえることもできるし、情報をシャットアウトしてゆがめることもできるのに。

今、自分が自分であると思っている姿は、本当に正しいものなのか?

女子大生を主人公としながらも、あえて一人称の見る正常な世界をぐにゃりと歪めていき、お話の最後には「隣家の変なおじさん」のはずだった男性が、女子大生の家のドアを開けて「ただいま」と帰ってくるのでした。
何が事実で何が妄想か、どこからが正常でどこからが異常なのか、もうごちゃごちゃに混ざってしまってわけがわからなくなる、狂気の世界の混濁を絶妙な筆さばきで表現しているお話です。


そのほか、「ともだち」「下の人」「逃げよう」「十万年」「こわいひと」なども収録されています。
お気になられましたら、ぜひどうぞ。
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2012-05-20(Sun)
 

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こんばんは 

京極夏彦、私は一冊も読んだことがないのですが、
お名前を聞くと、ハンパなく分厚い本を連想します。
寝ころんで片手では持ちにくいのでは…みたいな。

この人は早い時期から電子書籍でも出版していましたよね?
あの厚さ故かな?なんて思ったのを思い出しました。

ところで、ささめさん的には電子書籍ってどうなんでしょう?
以前に読書量の多い友人と電子書籍のハナシになったことがありまして、
彼曰く、「紙のページをめくる感覚がいいんだよ」
(私にもわかる気がします)

でも、部屋が本の山にならない?適当に処分してるの?に対しては、
処分なんてありえない、と^^;
「好みの作家、あるいはシリーズの読破した本が、順番に本棚に並んでいくのが楽しいんだ」そうで。
読書家としては、ふつうそうあるべきなんでしょうか?

(ちなみに私にはわからないかも…部屋が狭いだけかな?^^;)
(そもそも読書家とはいえませんが)
2012-05-21 20:18 | pispofp | URL  [ 編集 ]

 

>>pispofpさん

うんうん、おっしゃる通りでございます、旦那様。京極夏彦の本を片手で持って寝ころびますと、数分後には重力で落下した本に顔面を強打されてしまうという恐ろしい御本なのでした。
京極さんは電子辞書もいちはやく取り入れたご様子ですけれど、確かにあれだけ長いので電子辞書という手は読者にとって収納にナイスなアイデアかもしれませんね。

ささめも読書家では全然ありませんが、旦那様のお友達に一票、電子辞書はイマイチ興がのらない感じでございます。
文字の印刷された紙が大量に綴じられると、耳をすませば「ぶつぶつぶつ」と何か紙がつぶやいている気がするのでございます。
あの「ぶつぶつぶつ」を聴けるのは紙ならではかなぁ…なんて思ってみたりいたします。

たしかにどんどん蓄積されていって部屋の中は満員電車みたいになってきております。
一度読んだきり二度と読まない本は適当に箱に詰めてブックオフに持っていってもらいますが…売る気にならない本の方が多いのでやっぱり困りますね;
2012-05-22 20:21 | ささめ | URL  [ 編集 ]

 

あのね文庫売り場でね、京極さんの本見てみたら
いままで見たことないような分厚さに閉口したともさ。
4センチくらいはヨユーであった。。
短編集気になる!読みたい!
でもでもでもでも、うぶめの夏
おそらくささめさんが、うんちくが長いといっておられたところ
そこからなかなか進みませぬ。。。
1日1ページくらい。これ、読み終わるのか?
いまんとこぐいぐい引き込まれていないので
寝る間も惜しんで読むほどでなくて。。。
うんちくゾーンを抜けたらぐいぐいゾーンになるのかなぁ
がんばらねば!
↑のコメントの横やりですが
私も読書家ってほどでもないですが、本は文庫で購入してます。
本棚に並んでいくさまが楽しくって売るなんてとんでもないっ てタイプですv
2012-05-24 13:14 | いくぱん | URL  [ 編集 ]

おひさしゅう 

sasameちゃんお久しぶりです。
コレはまた私好みの本です。
早速借りますよ(←買えよ)
「手首を拾う」なんとま~ファンタスティックw
実際あったら「ぎょー」とか叫んじゃうんですけどね。
足を拾うチャンスはまだ残されているのですがなかなか・・・。
sasameちゃんは最近何か面白いもの拾ってませんか?
2012-05-25 22:34 | みても | URL  [ 編集 ]

 

>>いくぱんさん

うんうん、あのぶっとさ、4センチ越えは尋常じゃないですよね。四角いバームクーヘンかと思うほどでございます。
うぶめの夏、うんちくが魔王的でしょう?ささめはあの部分は適当にななめ読みしてやりすごしたような記憶が…だって面白くない難解ですよねぇ。
あのゾーンを無事に登頂したら、ちょびっとは事態が動き始めますのですが…いやはや。どうかご無理なさらないでくださいね。

おお、いくぱんさんも紙の本派でいらしゃる?同志よ~ぎゅう(抱)本棚に蓄積されていく本さんたちを眺めるのって、嬉しくも幸せな景色ですよね。
2012-05-26 20:28 | ささめ | URL  [ 編集 ]

 

>>みてもさん

ようこそ、マイエンジェル!こちらこそご無沙汰いたしておりますm(__)m
ややや、みてもさんのスィートな心臓にヒットな御本とおうかがいして、なんだか嬉しゅうございます。
手首が落ちていたらまさしく「ぎょー」ですね、生首が落ちていたら「ぎゃー」、あら微妙に悲鳴のトーンが違いますね。
股間が落ちていたら「きゃっ♪」とか言ってしまいそうな自分をあえて見ないふりをしてみます。

足を拾うチャンス…旦那様のおみ足でしょうか、むむむ?たしかに余分な足が落ちていたらとても便利でしょうね、電車に乗り損ねそうな時も、自分の2本+拾った足で走れば間に合いそうな気がいたします。

ささめは最近、自分が投げ捨てたカロリーメイトの包み紙を拾いました。
それがね、確かにチョコ味を食べたはずなのに、拾ったのはメープル味なんですよ。
ミステリーの謎がいまだに解けずに困っています。みてもさん、ぜひお力を貸してやってください。
2012-05-26 20:36 | ささめ | URL  [ 編集 ]

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